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高校野球選手権において、栃木大会に出場している強豪校や古豪の野球部について、その戦績や歴史をまとめました。栃木県高校野球連盟に加盟するのは63校。全国大会で名をはせる名門から、県大会での上位入賞校、過去の栄光を今一度よみがえらせたい古豪まで、公立、私立を問わず注目すべき高校野球部について紹介します。

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2018年8月2日

【高校野球】栃木大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

【高校野球】栃木大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

江川卓選手を始め、多くのプロ野球選手を生み出している栃木県勢。栃木県内では、中学校での硬式野球チームが増えており、スムーズに高校野球に移行できることも、そのレベルを上げる要因のひとつです。

栃木県高校野球連盟に加盟するのは63校。中には、全国大会常連校とも言える名門・作新学院や、県下大会で注目を集める文星芸大付属など、注目すべき野球部が多くあります。

公立私立を問わず、栃木大会に出場する強豪校や古豪の野球部について、その歴史や戦績をご紹介しましょう。

全国大会出場回数は県下No.1。栃木の名門「作新学院高校」

全国大会出場回数は県下No.1。栃木の名門「作新学院」

栃木県下の高校野球部の中でも、全国規模で有名なのが「作新学院高校」。全国大会に出場した回数は県内でも最多であり、甲子園での優勝経験もあります

創立130年を超える伝統校であり、生徒数と卒業生の数においても日本トップクラスの規模を誇る高校です。

2017年(平成29年)までに13回の全国出場経験

2016年(平成28年)、夏の甲子園では54年ぶりの優勝を果たした作新学院高校。翌2017年(平成29年)にも選手権への切符を手にし、7年連続の全国大会出場となりました。

1958年(昭和33年)以降、春の選抜で全国大会出場となったのは10回、選手権への出場歴は13回と、県内最多の記録を持っています。

夏の甲子園で決勝まで駒を進め、優勝したのは1962年(昭和37年)と2016年(平成28年)の2回
1962年(昭和37年)の大会では、久留米商業と戦った末、1-0での勝利となりました。続く2016年(平成28年)では北海との決勝戦を7-1で大破しています。

出身とするプロ野球選手は18名

作新学院高校からプロ入りした最初の選手は、1944年(昭和19年)生まれの島野育夫。以降、18名のプロが誕生しています。

中でも有名なのが元祖怪物と呼ばれる、江川卓です。時速150kmを超す豪速で、1973年(昭和48年)春の選抜出場では60奪三振という大会記録を作り、準決勝で点を与えるまでに、地方大会での活躍を含め139イニング連続無失点の通算記録が残っています。

その他、古くは中日ドラゴンズの監督を務めた天知俊一や、栃木大会の解説を行なう岩崎良夫、千葉ロッテマリーンズの一軍投手コーチを務める落合英二など、その後の活躍も華々しい選手が多いのも特徴。

全国トップクラスのマンモス校

高校野球においても記録を残す作新学院高校ですが、その生徒数も注目すべきところ。

2017年度(平成29年度)、高等学校には3,600名以上が在籍しており、中等部、小学部、幼稚園を入れるとおよそ5,000名という日本最大クラスの生徒数を誇ります。

高校には、特進クラスとなる英進部と、総合進学部、情報科学部の3つがあり、情報科学科には、電気システムや自動車整備士といった専門コースがあるのも大きな特徴です。

広い敷地内には専用の硬式野球場もあり、幼稚園や小学・中学部の運動会でも利用されています。

【施設情報】

栃木県初の2連続夏の甲子園出場「佐野日本大学高校」

栃木県初の2連続の甲子園出場「佐野日大」

作新学院高校の快進撃を追い続け、ときにその地位を奪いながら栃木の雄となっているのが「佐野日大高校」です。

甲子園での優勝経験はないものの、1998年(平成10年)には、栃木県初となる2大会連続で夏の甲子園出場を果たしました。

選手権出場6回、選抜出場4回の好成績

夏の甲子園では1989年(平成元年)の初出場以来、通算6回の経験があり、1997年(平成9年)にはベスト8入り。春の選抜では通算4回の出場で、2014年(平成26年)にはベスト4入りを果たしました。

2017年(平成29年)の春季栃木大会では準決勝まで残ったものの、作新学院高校に1-5で敗れ、惜しくも敗退。

2014年(平成26年)以降の成績が伸び悩んでいますが、2016年(平成28年)には卒業生である元プロ選手の監督起用が決まったことから、今後の展開が見逃せません。

元阪神、麦倉洋一新監督の就任

佐野日大高校が栃木の名門校として名をはせたのも、松本名監督の礎によるもの。

松本監督は、佐野日大高校のOB選手であり、佐野日大高校から日大への進学を経て、1974年(昭和49年)の卒業と同時に監督に就任しました。

一度は野球部監督の座から離れたものの、1985年(昭和60年)に復帰し、その後1989年(平成元年)には夏の甲子園初出場に導いた実力派です。その後も功績を積み上げてきましたが、65歳を迎えるにあたり勇退しました。

そして、新監督として就任したのが、阪神で投手として活躍した麦倉洋一

麦倉洋一は、1989年(平成元年)の第71回選手権で投手を務め、栃木大会では48イニング無失点の記録を達成しました。甲子園では2回戦敗退となるものの、初戦では完封し、麦倉による本塁打が決勝点に至って決定的な勝利を先導。

佐野日大高校を全国区へと押し上げたエースの監督就任ということで、終身名誉監督となった松本監督のバックアップを受けながらの新たな佐野日大野球部の歴史に、期待が高まります。

プロ野球入りしたのは麦倉洋一をはじめとする8名

佐野日大高校からプロ野球入りをしたのは、8名。1989年(平成元年)に阪神に入団した麦倉洋一を始め、1988年(昭和63年)にオリックスに入団した戸羽隆、社会人野球を経て2005年(平成17年)にジャイアンツに入団した会田有志、その他、ヤクルト入団の江村将也などがいます。

中でも、2010年(平成22年)にジャイアンツからドラフト1位で指名された澤村拓一や、ドラフト2位でヤクルトに入団した金伏ウーゴ、大学野球を経て2013年(平成25年)に楽天入団を果たした西宮悠介などもおり、好投手が多いのも佐野日大高校の特徴です。

野球に限らず、全国トップクラスの運動部が並ぶ

野球部の好成績だけでなく、他にも全国クラスの運動部が多いことにも注目です。過去に全国大会に出場した部活動は、野球部を始め、サッカー部や陸上競技部、ゴルフ部、剣道部、ラグビー部など強豪ぞろい。

さらには、大学入試の合格状況においても、2018年度(平成30年度)の現役合格率は98%と高い成績を誇っています。まさに文武両道を掲げるにふさわしい学校です。

【施設情報】

甲子園出場歴10回の伝統校「文星芸術大学附属高校」

甲子園出場10回の伝統校「文星芸大付属」

栃木県内で注目の強豪と言えば「文星芸大付属高校」も忘れてはいけません。宇都宮学園高校から名称を変え、古くからの功績が残っています。

2016年(平成28年)の夏予選では1回戦で敗退する結果となったものの、夏の甲子園出場歴10回という栄光の歴史があり、復活を期待したい伝統校です。

選抜2回、甲子園10回という栄光の歴史

文星芸大付属高校は春の選抜に2回出場し、1988年(昭和63年)には注目を浴びていた天理高校や北海高校などを撃破して、ベスト4に進出しました。

夏の甲子園においては、2007年(平成19年)までに10回の出場経験があり、その歴史だけで言えば、作新学院高校に次ぐ好成績と言えます。

ただし、その後はしばらく全国大会への切符を逃しており、今後に期待が寄せられている高校です。

春の選抜まであと一歩、秋季関東大会上位常連校

県大会では上位入賞が続いています。

春の選抜予選とも言われる秋季関東地区大会では、2008年(平成20年)に開催された第61回大会以降、2011年(平成23年)の第64回大会まで4年連続の出場を決めました。

さらには、同じく2011年(平成23年)の春季関東地区大会にも出場。

2016年(平成28年)、夏の甲子園を前にした栃木大会では、準々決勝まで駒を進めたものの、対戦相手は栃木No.1の作新学院高校。9年ぶりの甲子園を目指すも、一歩及ばず4-6で敗退しました。

専用グラウンドで全国を目指す

栃木の強豪校として戦い続ける文星芸大付属高校は、敷地内に硬式野球部専用のグラウンドを設け、日夜、全国を目指すトレーニングを続けています。

OBとしては、宇都宮学園時代を含め10名以上のプロ選手を輩出。

ヤクルトスワローズに入団した真中満や、西武ライオンズに入団した片岡治大などがいます。

【施設情報】

春の選抜に強い「國學院大學栃木高校」

2000年(平成12年)の選抜では、全国ベスト8の記録を残した「國學院栃木高校」

春、夏ともに、栃木大会では上位常連校として県内では有名な強豪校です。関東地区大会でも多くの成績を残しています。

全国への歩みとなる選手権出場は1回ながらも、春の選抜は3回

國學院栃木高校は、春の選抜に強いという特徴があります。

夏の甲子園出場記録は、1985年(昭和60年)に開催された第67回選手権のみ。

春の選抜では、1987年(昭和62年)、1997年(平成9年)、2000年(平成12年)の3大会で全国まで駒を進めました。

中でも2000年(平成12年)の選抜では、準決勝まで進んだものの、対戦相手となる「智弁和歌山高校」の勢いに飲まれ2-10で完敗。とはいえ、全国ベスト4まで進んだ快挙となりました。

栃木大会では常に上位を飾る強豪

2017年(平成29年)に7年連続での甲子園出場を決めた「作新学院高校」が、栃木大会で決勝を戦った相手が國學院栃木高校でした。

2015年(平成27年)以降、3年連続で同じ顔合わせとなった栃木大会決勝

それまで順当に勝ち上がり、強豪校としての強さを見せつけました。残念ながら決勝では15-1という大差で敗れたものの、県内ではトップクラスの実力です。

作新学院高校とは、まさに宿敵となるような関係であり、2016年(平成28年)の秋季栃木大会においても準々決勝で敗れています。

プロ野球入りしたOBは4名

國學院栃木高校からのプロ移行は、4名。

プロ入りしたOBとして有名なのが、1994年(平成6年)に西武ライオンズに入団した小関竜也です。その後、メジャー挑戦や巨人入団などの経験を経て、野球評論家としてテレビでも活躍しました。

その他、社会人野球を経て阪神に入団した中野佐資や、1988年(昭和63年)にドラフト外で入団した益田尚哉、2013年(平成25年)までロッテに所属し、その後、海外リーグでプレーを経験した渡辺俊介がいます。

その他、社会人チームで野球を続けるOBもあり、同野球部の監督である柄目直人や、コーチの三浦純も卒業生です。

運動部、文化部ともに全国クラスの部活動

國學院栃木高校は野球部だけでなく、インターハイへの出場を決める運動部も多くあります。

バレーボール部、柔道部といったメジャーな部活動に加え、ハンドボールや弓道、なぎなたといったクラブ活動においても全国クラスの実力です。

さらには、パソコン部や書道部などの文化部でも広島県知事賞宇都宮市長賞を受賞するなど、華々しい経歴を飾っています。

【施設情報】

足利学園の栄光を引き継ぐ「白鴎大学足利高校」

足利学園の栄光を引き継ぐ「白鴎大足利」

創立100周年を迎え、長い歴史を誇る「白鴎大足利高校」。1994年(平成6年)までは足利学園、通称「足学」と呼ばれる有名校でした。

2017年(平成29年)に行なわれた第70回春季県大会では、栃木の横綱とも言える作新学院を完封で下し、初勝利を果たしたことにも注目です。

足利学園時代に2度の甲子園。改名後は夏春通算で2回の全国行き

足利学園時代には1975年(昭和50年)、1979年(昭和54年)と比較的短いスパンで夏の甲子園に行き、当時は大きな話題を呼んだものの、その後はしばらく目立った戦績もありませんでした。

しかし、2008年(平成20年)に「白鴎大足利高校」と改称後、初の選手権出場が決定。対戦する清峰高校(長崎)に1回戦で敗れたものの、実に29年ぶりの甲子園出場を果たしました。

その後も、2014年(平成26年)には春の選抜を勝ち抜き、栃木の強豪として返り咲いています。

OB藤倉多祐を総監督とする強豪校

1975年(昭和50年)の甲子園出場は、学校創立から実に60年後のこと。

そのときのエースとして活躍したのが、藤倉多祐です。元西武ライオンズの藤倉平三郎を父に持ち、当時の足利学園を全国へと導きました。

高校卒業後は、大学リーグで活躍したのちにドラフト外で阪神タイガースに入団。

1981年(昭和56年)のジュニアオールスターでMVPを獲得するなど、プロでの活躍も目覚ましいものでした。

その後ロッテに移籍し、引退後もコーチ業を務めていた藤倉でしたが、2005年(平成17年)より出身校である白鴎大足利野球部のコーチに就任

29年ぶりとなった2008年(平成20年)の甲子園出場へつながったというわけです。

2017年(平成29年)には同校OBである藤田慎二を監督に迎え、藤倉は総監督としてバックアップに務めています。

地区大会ではベスト4常連校として認知度が高まっており、甲子園に向けた挑戦にも注目です。

バッティングを強化し、対「作新学院高校」戦略

栃木県下で全国を目指すとなれば、全国制覇も果たした「作新学院高校」の連覇に歯止めをかける必要があります。

そこで白鴎大足利高校が行なっているのが、バッティングの強化です。とにかく強くふることを意識しながら、狙いの見える打撃練習が行なわれています。

プロ輩出は少なめ

白鴎大足利高校出身のプロ野球選手は少数。

先に紹介した藤倉多祐と、2015年(平成27年)にドラフト1位でオリックスに入団した塚田貴之、日本ハムから5位指名を受けた北浦竜次です。

監督に就任した藤田慎二は、社会人野球でプレーしています。

【施設情報】

伝統合宿で全国を目指す「宇都宮南高校」

伝統合宿で全国を目指す「宇都宮南」

甲子園で決勝まで勝ち進んだ経歴を持ちながら、2008年(平成20年)の選抜以来、目立った活躍の少ない「宇都宮南高校」

2016年(平成28年)の秋季大会では3回戦負け、2017年(平成29年)の夏予選では2回戦敗退と残念な結果が続くものの、古豪としての活躍を望む声も多く、動向が見逃せません。

2年連続夏の甲子園出場を含め、春夏通算7度の全国大会出場

私立の強豪校が多い栃木県の中でも、公立高校として奮闘している宇都宮南高校。

1983年(昭和58年)には初の甲子園出場を決め、3回戦まで勝ち上がりました。その後1992年(平成4年)、1996年(平成8年)と定期的な夏の選手権出場を決めています。

さらには、2004年(平成16年)と2005年(平成17年)の2年連続の夏の甲子園出場をきっかけに、甲子園常連校として名をはせました。

春の選抜出場は1986年(昭和61年)と2008年(平成20年)の2回。特に1986年(昭和61年)には決勝まで駒を進め、準優勝という功績を残しています。

10日間の伝統合宿で守備力強化

宇都宮南高校の伝統行事となっているのが6月の強化合宿です。毎年の課題に合わせて、10日間の合宿が行なわれています。

2008年(平成20年)の選抜出場後、続く甲子園への切符を手に入れるべく、2009年(平成21年)の合宿では「ノーエラーノック」を実践。

守備位置についた約30人の選手全員が、ミスなく終わるまで実戦形式のノックが続けられました。

この伝統合宿はOBを含めた学生コーチに任せられており、同年は、2年連続で夏の甲子園を決めたOB達が集まり、厳しい練習を実行。

惜しくも翌年の甲子園出場は決まらなかったものの、1982年(昭和57年)に始まった伝統行事として毎年続いています。

宇都宮南高校の野球部OB会には、700名を超える会員が登録されており、合宿を支えるメンバーがそろっていることにも注目です。

プロへの移行はわずか1名。社会人チームへの参加が多い

宇都宮南高校出身のプロ野球選手と言えば、1991年(平成3年)にドラフト1位で近鉄バファローズに入団した高村祐

楽天に移籍後は、福岡ソフトバンクホークスの投手コーチに就任して活躍しています。

プロ入団者は少ないものの、社会人チームで活躍するOBも少なくありません。例えば、2008年(平成20年)の選抜で甲子園出場を果たした山井佑太は、新日鉄住金鹿島の補強選手として活躍しています。

【施設情報】

数々の戦績を残す栃木の古豪「小山高等学校」

数々の戦績を残す栃木の古豪「小山高校」

2005年(平成17年)の春季関東大会出場から、長らく影を潜めているのが古豪「小山高校」。過去には夏の甲子園4回出場や、春の選抜2回出場といった好成績を残しています。

関東大会での出場歴も多く、その栄光を取り戻す実力発揮が待たれるところです。

春の選抜全国準優勝を始め、過去の好成績に注目

小山高校は全国大会への出場歴があるだけでなく、大会で好成績を残してきた古豪です。

夏の甲子園には、1968年(昭和43年)に初出場したあと、続く1976年(昭和51年)では3回戦まで勝ち進みました。

春の選抜においては、1975年(昭和50年)、1976年(昭和51年)と2回連続の出場を果たし、1976年(昭和51年)においては、決勝まで勝ち進んだ記録が残っています。

また、春の関東大会へも5回の出場歴があり、1968年(昭和43年)には決勝まで駒を進めて上位入賞

秋季関東大会においては、出場歴4回のうち1974年(昭和49年)と1975年(昭和50年)には2度の優勝を果たしています。

2005年(平成17年)の春季関東大会出場では2回戦敗退となりましたが、その後の活躍に期待が集まる高校です。

2017年春季大会でベスト8入り

古豪としての名をはせる小山高校ですが、2005年(平成17年)以降は地方大会においても2回戦敗退が続きました。

しかし、2017年(平成29年)の春季栃木大会では準々決勝まで進出。白鴎大足利に0-12という大差で敗退したものの、ベスト8入りを果たしています。

プロ野球入りしたのは3名

小山高校からプロとなった選手は3名。1956年(昭和31年)にタイガースへと入団した河内忠吾、1984年(昭和59年)にドラフト1位でヤクルトスワローズに入団した広澤克実、そして2005年(平成17年)に社会人ドラフトからヤクルトスワローズに指名された飯原誉士です。

その他、プロとしての試合出場はなかったものの、日本大学野球部監督として名をはせた鈴木博識も小山高校のOB。

創立100年の歴史

小山高校の創立は1918年(大正7年)。古くは、小山町立小山農相補習学校として開校しました。学制改革などにより、1951年(昭和26年)には県立小山高等学校に改称。

栃木県内では唯一数理科学科を設置しているのも特徴です。

100年の歴史を誇る公立高校として、栃木県小山市の伝統を受け継ぎながら、野球部の活躍を始め吹奏楽部や剣道部といった全国レベルの部活動もあります。

ウエイトリフティング部からは、ロサンゼルスオリンピックにも出場した元重量挙げ選手の砂岡良治も輩出。

近隣に私立高校が増える中で、伝統と格式のある公立校として、これからの活躍が期待されます。

【施設情報】

全国覇者「作新学院高校」に対抗する栃木県勢

全国覇者「作新学院」に対抗する栃木県勢

栃木県内の高校野球部では、まずトップに立つのが7年連続夏の甲子園に出場する「作新学院高校」です。

それを追い、打倒作新学院高校の目標で、佐野日大高校文星芸大付属高校白鴎大足利高校などが追随します。地方大会の中でも、強豪校が競り合う栃木大会は見逃せないもの。

ここでは詳しく紹介しませんでしたが、過去に甲子園出場を果たした栃木県勢はまだまだあります。

宇都宮学園小山西高校栃木南高校など、トップに立つ作新学院高校の実力に負けじと日々の練習が行なわれているのです。

例年、過去の栄光を取り戻すべく、立ち上がる高校も多数あります。栃木高野連に加盟する63校のうち、どの高校が目覚ましい活躍を見せるのかは予想できません。

毎年メンバーが変わりゆく高校野球だからこそ、その時々の投手や打線の強さ、チームバランスなどで大番狂わせもあり得ます。甲子園を目指し、全国優勝を目指す栃木県勢の勇猛果敢な様子を、常に最新の情報で確認したいものです。

※この記事は、2018年4月時点の情報に基づいて作成されています。

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