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神奈川県にある高校野球の強豪校について紹介致します。神奈川県と言えば、東海大相模、横浜、慶応が甲子園出場回数で群を抜き、これらの高校を桐光学園や横浜隼人が追随。「神奈川県を制する者は、全国を制す」という格言があるように、神奈川県は強豪校がひしめき合い、県大会を勝ち抜くのは至難の業です。その神奈川にはどのような強豪校がいるのか、歴史や出身選手などと共に説明してあります。

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2018年3月29日

【高校野球】神奈川大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

【高校野球】神奈川大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

高校野球で神奈川県と言えば、出場校の多い激戦区として有名。

2000年(平成12年)の夏の選手権神奈川大会には、過去最多の207校が出場しています。

その中には、全国大会でも好成績を残す強豪校も多く、横浜高校や桐光学園などは特に有名。

高校卒業後、そのままプロ野球の道へ進む選手も少なくありません。

今回は、このような強豪が集う神奈川県の高校野球チームについて紹介。

今でも語り継がれる歴史的な一戦や輩出した選手などを交えながら説明してあるため、どのような高校があるのかがひと目で分かります。

春夏を制覇した全国屈指の強豪校「東海大相模」

春夏を制覇した全国屈指の強豪校「東海大相模」

東海大学付属相模高等学校(東海大相模)は、相模原市にある私立高校。

春のセンバツ、夏の選手権ともに優勝した経歴を持つ全国でも名の知れた強豪校です。

東海大相模の野球部は、学校創設と同じ1963年(昭和38年)に創部。

2017年(平成29年)までに春のセンバツ大会に9度、夏の選手権に10度出場しています。

そのうち、春のセンバツは2000年(平成12年)、2011年(平成23年)で2回優勝。

夏の選手権大会では、1970年(昭和45年)、2015年(平成27年)に全国制覇をしています。

校内には、専用の野球場雨天練習場が完備されるなど施設はとても充実。

チームを率いる門馬敬治監督の練習内容は特別なメニューはなく、基本練習の反復が中心です。

キャッチボール、ノック、フリーバッティングなどを徹底的に繰り返し行ないます。

門馬監督が生徒たちに話しているのは「練習中に欲を持ち、試合では欲を捨てる」ということ。

練習では常に上手くなりたいという向上心を持ってやる一方で、試合では大きなホームランを打ちたい気持ちや自分が打って試合を決めるという気持ちは捨てて、チームのためになる打撃をするように指導しています。

主な出身選手は、巨人で選手や監督として活躍した原辰徳氏、巨人に入った菅野智之投手、中日に入団した小笠原慎之介投手らが有名です。

【施設情報】

渡辺監督の伝統を脈々と受け継ぐ「横浜」

渡辺監督の伝統を脈々と受け継ぐ「横浜」

横浜高等学校(横浜)は、横浜市金沢区にある中高一貫教育の私立高校です。

2017年(平成29年)までに、春のセンバツに15回、夏の選手権大会に17回出場。春夏合わせて5回優勝している全国でも指折りの強豪校です。

横浜高校野球部と言えば、1968(昭和43年)~2015年(平成27年)まで指揮を執った渡辺元智氏が有名。

中でも高校時代の同期、小倉清一郎氏を部長として迎えた1994年(平成6年)からは2人体制で数々の功績を残しました。

小倉部長が具体的な戦術を考え、それを渡辺監督が試合の中で上手く活用していくという分担した指導は、高校野球関係者の中では有名な話です。

また、プロに進むような有望な選手には、プロでも即戦力になるような指導を実施。

例えば投手の場合、「走者のけん制」や「クイックモーション」は何度も繰り返し指導します。

他校の場合、能力のある投手は、相手を出塁させることが少ないため、これらの技術をあまり学ばずに高校を卒業する場合も多いですが、横浜高校ではこのような細かい技術も徹底指導です。

このため、プロ野球でも即戦力として期待され、毎年のようにドラフトで上位指名されます。

横浜高校野球部の歴史で最も印象的なのは、松坂大輔氏を擁した1998年(平成10年)のチーム。

このときのメンバーは、春のセンバツ、夏の選手権大会はもちろん、明治神宮大会、国体とすべての全国大会で優勝しました。

公式戦44戦無敗という偉業を、2017年(平成29年)までに成し遂げた高校は、横浜高校のこの世代だけです。

主な出身選手は、松坂投手の他、横浜に入団した筒香嘉智選手、西武に入った涌井秀章投手らが有名。

【施設情報】

松井裕樹氏の活躍で一躍有名になった「桐光学園」

松井裕樹氏の活躍で一躍有名になった「桐光学園」

桐光学園高等学校(桐光学園)は、川崎市にある中高一貫の私立高校。

2001年(平成13年)頃から頭角を現し、2017年(平成29年)までに、春のセンバツに1回、夏の選手権大会に4回出場したことのある名門野球部です。

野球部の創部は、1978年(昭和53年)と歴史は比較的浅く、甲子園に初めて出場したのは、2001年(平成13年)の春のセンバツ大会。

初出場ながら3回戦まで進み、全国にその名をとどろかせました。

桐光学園野球部が全国的に注目を集めたのは、2012年(平成24年)です。

当時2年生の松井裕樹投手が快投、神奈川県大会を制覇し全国大会に出場。

愛媛県代表の今治西高校との試合では、1試合のアウト27個のうち、22個の三振を取る「1試合の奪三振数」と「10者連続奪三振」の2つの大会新記録を樹立しました。

松井氏の力投もあり、この大会で同校としては過去最高のベスト8に進んでいます。

桐光学園は、専用の野球場の他、雨天時などに使用する室内練習場を完備。

人工芝を敷いた半地下の室内練習場は、エアコン付きでピッチング、バッティング練習など様々な練習を行なうことができ、冬場でもボールを使った練習が可能です。

屋外の野球場では、他校を迎えて練習試合を行なうこともあります。

主な出身選手は、松井投手の他、ロッテに入団した東條大樹投手、楽天に進んだ伊東亮大氏が有名です。

【施設情報】

芸術的なグラウンド整備が名物「横浜隼人」

芸術的なグラウンド整備が名物「横浜隼人」

横浜隼人高等学校(横浜隼人)は、横浜市瀬谷区にある中高一貫の私立高校です。

1977年(昭和52年)創部の新鋭校ですが、神奈川県大会では毎年のように上位に食い込み、2009年(平成21年)には甲子園に出場しています。

神奈川県は、東海大相模と横浜という二大巨頭がいる激戦区。

横浜隼人には、なかなか全国大会出場の機会は巡ってきませんでした。

大きな転換期となったのが2003年(平成15年)の秋です。正捕手の小宮山慎二選手が阪神にドラフトで指名され、同校初のプロ野球選手となりました。

このことがきっかけで徐々に有望な選手が集まりはじめ、県内で一目置かれる強豪校の仲間入りです。

2009年(平成21年)に念願の甲子園出場を果たしました。

横浜隼人の野球部は、神奈川県でも有数の部員数を誇り、全部員が100名を超えることも珍しくありません。

そのため、最後の神奈川県大会でメンバー入りできないまま卒業していく3年生も多く、このような生徒たちに3年間頑張った証しとして、横浜スタジアムを貸し切り、横浜商大高校と合同で引退試合を毎年開催。

生徒の家族をはじめとした多くの観客が最後の雄姿を見に駆け付けます。

また横浜隼人の名物が、プロも唸らせるグラウンド整備です。

神奈川県大会の会場のひとつ、保土ヶ谷球場は毎年、横浜隼人の部員が整備の担当。

腰を地面近くまで下ろしテンポ良くトンボをかける姿は芸術的で観客から盛大な拍手が送られます。

これは「グラウンドを整備しながら下半身の強化をしよう」と横浜隼人が独自に編み出した方法。

甲子園球場を整備する業者「阪神園芸」をモチーフにし、「隼人園芸」として親しまれています。

【施設情報】

創部5年で全国制覇を成し遂げた古豪「桐蔭学園」

創部5年で全国制覇を成し遂げた古豪「桐蔭学園」

桐蔭学園高等学校(桐蔭学園)は、横浜市青葉区にある私立高校。

2017年(平成29年)までに春のセンバツ大会に5度、夏の選手権大会に6度出場した神奈川県屈指の名門校です。

1966年(昭和41年)創部の桐蔭学園の野球部が偉業を成し遂げたのは、創部からわずか5年後の1971年(昭和46年)でした。

強豪ひしめく神奈川県大会を勝ち上がった桐蔭学園は、甲子園でも勢いそのままで各地区の代表を次々と撃破。

決勝では、福島県の磐城高校を1対0で破り、初出場で初優勝に輝きました。

全5試合のうち、失点したのは準決勝の2点のみです。

この頃から神奈川県のレベルの高さが全国的に知れ渡り「神奈川を制する者は、全国を制す」という言葉が使われはじめました。

同校野球部の発展に尽力したうちのひとりが1982(昭和57年)~2013年(平成25年)までの約30年にわたり監督として指揮を執ってきた土屋恵三郎監督

「試合に勝つためには基礎の反復が重要」と考える土屋監督は練習で、キャッチボールやトスバッティング、バントといった野球の基本となる練習に重点を置いて行なってきました。

中でもバントを重要視し、「バントができるかできないかで試合の流れは大きく変わる」と、とことんこだわって練習するのが土屋流のトレーニングです。

主な出身選手は、巨人に入団した高橋由伸監督、西武に指名された高木大成氏、中日や阪神で活躍した関川浩一監督らがいます。

【施設情報】

エンジョイベースボールが合い言葉「慶応」

慶應義塾高等学校(高校野球での校名の呼称は「慶応」)は、横浜市港北区にある中高一貫の私立高校。

2017年(平成29年)までに、春のセンバツ大会に8度、夏の選手権大会に17回出場している神奈川県でも指折りの古豪です。

同校野球部の起源は、1888年(明治21年)に結成された三田ベースボール倶楽部。

1916年(大正5年)の慶應義塾普通部時代には、現在の夏の選手権大会に当たる「全国中等学校野球大会」で全国制覇を経験しています。

1962年(昭和37年)の夏の選手権大会に出場してからは、なかなか全国大会への出場に恵まれませんでしたが、2005年(平成17年)の春のセンバツ大会に関東代表として45年ぶりに出場。

甲子園では、ベスト8まで勝ち進んでいます。

慶応のモットーは「エンジョイベースボール」。

これは、楽しいことばかり練習するという意味ではありません。

試合に勝つための苦しい練習や辛いトレーニングをするのに真面目な顔をする必要はなく、どうせならば笑顔で取り組もうということです。

チームメイトがミスをしたら笑ったりするのも必要で、みんなで楽しみながら辛い練習を乗り越えようということを指します。

練習の準備や片付けも下級生だけでなく部員全員で実施。

そのため、上級生と下級生の間のコミュニケーションが生まれるのです。

古豪校などにありがちな、しきたりのような古い考え方がなく、柔軟な発想が慶応の強みと言えるでしょう。

主な出身選手は、巨人に入った山本泰寛選手や日本ハムに入団した白村明弘投手らがいます。

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公立高校の古豪「横浜商」

公立高校の古豪「横浜商」

横浜市立横浜商業高校(横浜商)は、横浜市南区にある公立高校です。

強豪私立高校の多い神奈川県で、公立高校の名門校として活躍し、2017年(平成29年)までに、春のセンバツ大会に9回、夏の選手権大会に7回出場しています。

横浜商硬式野球部は1896年(明治29年)に創部して以来、関東の硬式野球の牽引役として活躍しました。

1923年(大正12年)には、神奈川県の学校では初となる甲子園出場を果たし、1983年(昭和58年)には春夏連続で甲子園に出場。

春夏ともに準優勝の快挙を成し遂げました。これまでに夏の選手権大会で神奈川県勢の公立高校が準優勝したのは、横浜商だけです。

練習は、火曜日から日曜日まで行なわれ月曜日は休日。

公立高校としては珍しく、硬式野球部専用のグラウンドがあります。

部員は、毎年40人近く入ってくるため1年から3年まで合わせると部員数は、100人を超える大所帯です。

2014年(平成26年)には、スポーツや運動を通したビジネスなどについて学ぶ「スポーツマネジメント科」を設置。文武両道ができると好評で、県内から有望な選手たちが集まっています。

主な出身選手は、巨人に入団した山口鉄也投手やヤクルトや横浜で活躍した荒井幸雄氏らが有名です。

【施設情報】

※この記事は、2018年2月時点の情報に基づいて作成されています。

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