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「全国では勝てない」という評価を受けてきた埼玉県勢ですが、2017年(平成29年)の夏の甲子園での、花咲徳栄の優勝から俄然注目度が上がってきています。多くの有名プロ野球選手を生んだ古豪から、全国大会の切符を争う実力が拮抗したトップ校まで。今回は埼玉大会に出場する学校を中心に、その強さの秘密も交えながら紹介していきます。

運上 俊と運上 さえみ
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2018年4月12日

【高校野球】埼玉大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

【高校野球】埼玉大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

2017年(平成29年)に埼玉勢として初めて、花咲徳栄が夏の甲子園を制しました。

埼玉大会のレベルの高さをようやく示すことができたわけですが、実は今現在も有名球団で活躍する選手を輩出した母校が多くあります。

古豪の「上尾」や「熊谷商業」は80年代までの埼玉大会を席巻。

「浦和学院」、「花咲徳栄」、「春日部共栄」、「聖望学園」の4校は、埼玉大会の優勝の座を代わる代わる奪い合っている強豪校です。

今回は以上の6校をさらに詳しく、それぞれの野球部の特色を交えて紹介します。

2人の名将が築いた埼玉の常勝軍団「浦和学院」

2人の名将が築いた埼玉の常勝軍団「浦和学院」

浦和学院高等学校(浦和学院)は、普通科の私立校。

生徒数は約2,600人を抱え、県内随一のマンモス校として知られています。

野球部をはじめとする運動部に力を入れており、ハンドボール部やテニス部も全国レベル。

甲子園出場回数では、歴代の埼玉大会出場校でも最多を誇り、2017年(平成29年)の時点で夏は12回、春は10回です。

夏の甲子園は1986年(昭和61年)のベスト4が最高成績ですが、春のセンバツでは2013年(平成25年)に優勝を経験しています。

浦和学院躍進の陰には、2人の監督の存在がありました。

1984年(昭和59年)の春に監督に就任した野本喜一郎氏は、当時まだ無名だった同校を約2年かけて鍛え直し、1986年(昭和61年)に念願の甲子園初出場へと導いた名将です。

実際は、甲子園出場目前に病に倒れてしまったため、部員達の勇姿を目にすることはできませんでしたが、野本氏の熱心な指導により強豪浦和学院の基礎が築かれました。

そして、もうひとりの名将が野本氏の上尾高校時代の教え子でもある森士監督

1991年(平成3年)に弱冠27歳の若さで監督に就任すると、何度も埼玉大会を制し全国大会への出場権を勝ち取りました。

なかなか全国で勝てない年が続いたりもしましたが、監督就任21年目の2013年(平成25年)についに待望の、春のセンバツ大会優勝のタイトルを獲得。

埼玉勢の優勝は大宮工以来45年ぶりの快挙でした。

同校の野球部OBには、今現在もプロ野球で活躍する今成亮太選手大竹寛投手等がいます。

野本氏が就任して以来、埼玉の強豪として活躍し続ける浦和学院。

最大の目標である「夏の優勝」を目指して森監督のもと、毎年のように埼玉大会の上位争いを繰り広げています。

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埼玉勢初の夏の甲子園優勝校「花咲徳栄」

埼玉勢初の夏の甲子園優勝校「花咲徳栄」

花咲徳栄高等学校(花咲徳栄)は、埼玉県加須市にある私立共学校。

医学部現役合格を目指すコースがある上に、運動部が盛んなことからグラウンドなどのスポーツ施設も充実、文武両道を積極的に推進しています。

同校の野球部が強豪として頭角を現したのは比較的最近で、2017年(平成29年)時点で春夏合わせて9回の全国大会出場を達成していますが、そのすべてが2001年(平成13年)以降の記録です。

野球部自体は1982年(昭和57年)に創部され、創部8年目の1989年(平成元年)に就任した稲垣人司氏によって強豪としての土台が築かれました。

しかし、2000年(平成12年)に稲垣監督が急逝。

当時、コーチだった岩井隆氏がそのまま監督に就任し、2001年(平成13年)に初めて夏の甲子園への切符を勝ち取りました。

埼玉勢最強とも言われる浦和学院などを意識して岩井監督は、科学的根拠のある練習を積極的に取り入れており、10kgのハンマーを使った練習もそのひとつです。

その結果、2017年(平成29年)の夏の甲子園では埼玉勢として初となる悲願の優勝を達成。「全国で勝てない埼玉」の汚名を払拭する結果となりました。

2015(平成27年)から3年連続で埼玉大会を制している花咲徳栄。全国大会の優勝も経験して、さらなる進化が期待されています。

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進学校として文武両道の理念を推進「春日部共栄」

進学校として文武両道の理念を推進「春日部共栄」

春日部共栄中学高等学校(春日部共栄)は、埼玉県春日部市の私立中高一貫校。

運動部に力を入れつつ、大学進学への教育にも同じように注力しており、毎年多くの国公立大学合格者を輩出する進学校の一面もあります。

野球部は、2017年(平成29年)時点で、夏の甲子園には5回と春の甲子園には2回の出場を経験。

1993年(平成5年)には、夏の選手権大会で埼玉県勢42年ぶりの決勝進出を果たし、準優勝という好成績を収めました。

野球部のOBには、プロ野球でも活躍した城石憲之氏中里篤史氏等がいます。

城石氏は春夏ともに甲子園出場を果たした1991年(平成3年)時の野球部主将として活躍しました。

現在は北海道日本ハムファイターズの一軍打撃コーチを務めています。

中里氏は2000年(平成12年)の埼玉大会にて完全試合を達成。

甲子園出場はなりませんでしたが、「関東3羽ガラス」として東海大相模の筑川利希也、桐生第一の一場靖弘と並びスカウトやメディアから多くの注目を集めました。

結果、同年のドラフト会議にて、中日ドラゴンズから1位で指名を受けています。

浦和学院や花咲徳栄と並び現在も強豪校のひとつに数えられる春日部共栄。90年代初めから長年、結果を残し続けています。

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名球会入り内野手を生んだ古豪「上尾」

名球会入り内野手を生んだ古豪「上尾」

埼玉県立上尾高等学校(上尾)は、男女共学の公立高等学校。

埼玉の古豪として知られ、1970年代から1980年代中頃を中心に埼玉大会を席巻しました。

最後の選手権大会出場となった1984年(昭和59年)までに、春夏合わせて7回の甲子園出場実績があります。

野球部創部と同時に元プロ野球選手だった野本喜一郎(のちの浦和学院監督)が監督に就任し、強化を実施。

監督が指揮していた、1975年(昭和50年)に出場した夏の甲子園でのベスト4が同校の最高成績です。

上尾野球部の卒業生の代表格と言えば、名球会入りを果たした山崎裕之氏をおいて他にいません。

名球会の会員資格は、野手の場合、2,000本安打以上をプロ野球で打っていなければならないという条件があります。

山崎氏は上尾時代、1963年(昭和38年)に開催された春のセンバツに投手兼遊撃手として出場。

そこでの活躍ぶりが注目を集め、各球団の競合合戦の末、当時としては破格の5,000万円で東京オリオンズ(現 ロッテ)に入団しました。

プロ野球選手時代には、ベストナインダイヤモンドグラブ賞にも幾度となく選ばれ、走攻守揃った内野手としてパリーグの「ゴールデンボーイ」と呼ばれます。

引退までに2,081安打を記録し、見事に名球会の一員となりました。まさに、上尾が生んだ野球界の至宝のひとりです。

しかし、現在の上尾野球部は、全国大会に出場していたときに比べ衰退してしまったわけでは決してありません。

2017年(平成29年)時点でも約90人の部員を抱えており、2016年(平成28年)には埼玉大会のベスト8まで駒を進めています。

近い将来、栄華を極めた古豪としてもう一度、埼玉大会の決勝に戻ってくる可能性は高いです。

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学校を挙げた強化施策で強豪校の仲間入り「聖望高校」

学校を挙げた強化施策で強豪校の仲間入り「聖望高校」

聖望学園中学校・高等学校(聖望学園)は、キリスト教系の私立中高一貫校。

スポーツに積極的に力を入れており、野球部を筆頭に体操部や陸上部、サッカー部も学校側から強化部として指定を受けています。

2017年(平成29年)時点で、甲子園には夏に3回と春に1回出場。2008年(平成20年)の春のセンバツでは、初出場ながら全国準優勝の成績を収めました。

創部当初は、部員が9名以下で高校野球連盟にも加盟していなかったため、サークルとしての扱い。

しかし、1983年(昭和58年)から学校が野球部特待生獲得などの動きを開始し、段々と部活として実力を付け始めました。

すぐに強豪校として名を挙げたわけではありませんが、1999年(平成11年)に初めて夏の甲子園に出場。

長年の学校を挙げた取り組みの成果により、野球部OBには有名プロ野球選手が名を連ねます。

その内のひとりである、阪神タイガースに所属する鳥谷敬選手は、現在のプロ野球界を背負う選手と言っても過言ではありません。

タイガースの選手会長や野手キャプテン、チームキャプテンを歴任。

2017年(平成29年)現在の「遊撃手連続フルイニング出場」と「遊撃手シーズン最多得点」両方の日本記録保持者でもあります。

聖望高校時代は、1999年(平成11年)の3年生時に夏の甲子園を経験。遊撃手兼投手として出場し、初戦にリリーフとして登板しました。

その他にも、元プロ野球選手で世界各国のプロリーグを渡り歩いた門倉健氏も同校の出身です。

2009年(平成21年)の夏の甲子園から全国大会出場から遠ざかっている聖望高校ではありますが、2010年(平成22年)から2017年(平成29年)にかけて2回も埼玉大会の準優勝を経験しており、甲子園まであと少しのところに迫っています。

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復活の期待がかかる古豪「熊谷商業」

復活の期待がかかる古豪「熊谷商業」

埼玉県立熊谷商業高等学校(熊谷商業)は、公立の商業高等学校。

前身の熊谷商工時代を含めた1960年代から1980年代に、甲子園に出場していた古豪として知られています。

2017年(平成29年)現在までに、夏の甲子園は5回と春の甲子園に1回出場。

1964年(昭和39年)と1970年(昭和45年)の夏の選手権大会で記録した、ベスト8が同校の最高成績です。

同校の野球部のOBには、元プロ野球選手で西武ライオンズや福岡ダイエーホークスに所属していた原口哲也氏や、お笑いコンビTIMのゴルゴ松本さん等がいました。

原口氏とゴルゴ松本さんは、1985年(昭和60年)の春のセンバツを共に戦ったチームメイトでもあります。

熊谷商業は、OBの2人が活躍した1985年(昭和60年)より春夏の甲子園大会からは遠ざかっていますが、2016年(平成28年)の埼玉大会ではベスト8に残るなど実力は衰えていません。

上尾同様に、古豪の今後の復活に期待がかかっています。

【施設情報】

※この記事は、2018年2月時点の情報に基づいて作成されています。

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