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甲子園出場の代表枠をかけて争う兵庫大会には、県内の優れた高等学校が多数出場しています。今回は過去の兵庫大会での成績や甲子園への出場実績などをもとに、全国でもトップクラスの「報徳学園高等学校」や100年の歴史を持つ「育英高等学校」、充実した練習施設が魅力の「神戸弘陵学園高等学校」など6校を選出。クラブの特色と共に長年にわたる活躍の歴史をまとめました。兵庫県が誇る強豪校について見てみましょう。

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2018年7月5日

【高校野球】兵庫大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

【高校野球】兵庫大会の強豪校、古豪の野球部の歴史

全国の高校球児たちが夢に見る阪神甲子園球場。その夢の舞台が位置する兵庫県には、約160校にも上る高等学校の野球部が存在します。そのため、甲子園が最も身近なエリアでありながら、その切符を手にするまでには高い壁を乗り越えなければなりません。

今回は、競争率の激しい兵庫大会にて見事優勝し甲子園への出場を果たした野球部や、地方大会で勝利の実績の多い野球部など、県内の強豪校である注目の6校をご紹介。
報徳学園高等学校」「育英高等学校」「東洋大学付属姫路高等学校」など、いずれも全国的に名が知れた学校ばかりです。甲子園での活躍の歴史やクラブの特色などを知って、春の選抜・夏の甲子園をさらに楽しみましょう。

全国高等学校野球選手権「兵庫大会」を知ろう

全国高等学校野球選手権「兵庫大会」を知ろう

「夏の甲子園」などの愛称で知られる全国高等学校野球選手権大会が行なわれるのは、兵庫県西宮市に位置する阪神甲子園球場

毎年、その出場枠をかけて全国の地方予選では熱い戦いが繰り広げられます。

中でも兵庫県は強豪校が揃うエリア。1915年(大正4年)の第1回から2017年(平成29年)まで99回の大会を実施し、日中戦争の影響で交通制限がかかり試合が中止となった1941年(昭和16年)の第27回大会を除いて、毎年県内の優勝校を甲子園へと送り出してきました。

第1~29回までは「全国中等学校優勝野球兵庫大会」の名称で試合が行なわれ、現在の「全国高等学校野球選手権兵庫大会」と改称されたのは第30回大会が実施された1948年(昭和23年)のことです。

高等学校としての兵庫大会で初めて優勝したのは、芦屋市に位置する兵庫県立芦屋高等学校でした。なお、当校はその後も1953年(昭和28年)の第35回大会までの6回中5回優勝するなど良い成績を残していますが、その後は2017年(平成29年)に至るまで優勝実績はありません。

1998年(平成10年)の第80回大会より、大会回数の下1桁が0の大会にあたる年には、「記念大会」として兵庫県を東西に分けた「東兵庫」「西兵庫」の2地区で試合を実施。神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市、川西市、伊丹市、尼崎市、猪名川町8つの地域を「東兵庫」、三田市や篠山市などそれら以外の地域を「西兵庫」として分けられています。

試合に利用するのは、「兵庫県立明石公園第一野球場」「尼崎市記念公園野球場」「神戸総合運動公園野球場」「城山公園野球場」、豊岡市立豊岡総合スポーツセンター野球場で知られる「こうのとりスタジアム」など、県内約10ヵ所の球場です。

兵庫大会では、約160校の出場校が夏の甲子園への出場を目指し、代表枠を争います。ここからは、歴史ある兵庫大会の強豪校として知られる野球部を6校ご紹介しましょう。

逆転の報徳との異名を持つ「報徳学園高等学校」

逆転の報徳との異名を持つ報徳学園高等学校の野球部

1911年(明治44年)に創立された歴史ある高等学校です。阪急「甲東園駅」より20分程歩いた場所にあります。

報徳学園の2017年(平成29年)時点での甲子園出場回数は春に行なわれる選抜高等学校野球大会(通称・春の選抜)が21回、夏に行なわれる全国高等学校野球選手権(通称・夏の甲子園)が14回と、全国の出場校のトップ10に入る程の強豪校。

これまで春の選抜高校野球大会では2回、夏の全国高等学校野球選手権では1回の優勝を経験しています。

1961年(昭和36年)から2017年(平成29年)までの「春の選抜」「夏の甲子園」それぞれの出場実績を見てみましょう。

春の選抜

  • 1964年(昭和39年)第36回大会…2回戦敗退
  • 1967年(昭和42年)第39回大会…準決勝敗退
  • 1971年(昭和46年)第43回大会…2回戦敗退
  • 1973年(昭和48年)第45回大会…2回戦敗退
  • 1974年(昭和49年)第46回大会…優勝
  • 1975年(昭和50年)第47回大会…準決勝敗退
  • 1981年(昭和56年)第53回大会…1回戦敗退
  • 1983年(昭和58年)第55回大会…2回戦敗退
  • 1985年(昭和60年)第57回大会…準々決勝敗退
  • 1989年(平成元年)第61回大会…2回戦敗退
  • 1995年(平成7年)第67回大会…2回戦敗退
  • 1997年(平成9年)第69回大会…準決勝敗退
  • 1998年(平成10年)第70回大会…2回戦敗退
  • 2002年(平成14年)第74回大会…優勝
  • 2004年(平成16年)第76回大会…1回戦敗退
  • 2007年(平成19年)第79回大会…1回戦敗退
  • 2009年(平成21年)第81回大会…準決勝敗退
  • 2011年(平成23年)第83回大会…1回戦敗退
  • 2013年(平成25年)第85回大会…2回戦敗退
  • 2014年(平成26年)第86回大会…1回戦敗退
  • 2017年(平成29年)第89回大会…準決勝敗退

夏の甲子園

  • 1961年(昭和36年)第43回大会…準々決勝敗退
  • 1965年(昭和40年)第47回大会…準々決勝敗退
  • 1966年(昭和41年)第48回大会…準決勝敗退
  • 1967年(昭和42年)第49回大会…2回戦敗退
  • 1971年(昭和46年)第53回大会…2回戦敗退
  • 1978年(昭和53年)第60回大会…準々決勝敗退
  • 1981年(昭和56年)第63回大会…優勝
  • 1997年(平成9年)第79回大会…2回戦敗退
  • 1998年(平成10年)第80回大会…1回戦敗退
  • 2002年(平成14年)第84回大会…1回戦敗退
  • 2004年(平成16年)第86回大会…1回戦敗退
  • 2007年(平成19年)第89回大会…1回戦敗退
  • 2008年(平成20年)第90回大会…準々決勝敗退
  • 2010年(平成22年)第92回大会…準決勝敗退

兵庫県を代表する強豪校とも言える報徳学園野球部が誕生したのは1932年(昭和7年)のこと。

毎年兵庫大会で上位に進むも優勝には至りませんでしたが、1961年(昭和36年)の第43回大会で酒井菱三夫氏をエース、谷口学氏を二塁にして、ついに悲願の初出場を果たします。
その1回戦で行なわれた岡山県立倉敷工業高等学校との試合で、延長11回表に6点を取られるも裏で6点を取り返し、さらに12回の裏でサヨナラ勝ちを収めたことが「逆転の報徳」という異名のきっかけとなりました。

1981年(昭和56年)の第63回大会では関東の強豪校、早稲田実業学校を相手に再び「逆転の報徳」の底力を見せ、歴史に残る名試合として現役野球部員にも語り継がれています。

【施設情報】

創部100周年を迎えた「育英高等学校」

創部100周年を迎えた育英高等学校の野球部

1899年(明治32年)に創立された高等学校。創立当時は神戸市中山手通に門を構えていましたが、その後1913年(大正2年)の湊川公園上手への移転を経て、1930年(昭和5年)に現在校舎のある神戸市長田区へと移転しました。

最寄駅は山陽・市営地下鉄「板宿駅」または神戸電鉄「長田駅」です。当時は「数英漢学会」として創立され、その翌年の1900年(明治33年)に「育英義会」、1902年(明治35年)に「私立神戸育英義塾」と改名されたのち、1921年(大正10年)に「育英商業学校」と改名しました。

その後、1947~1948年(昭和22~23年)にかけて現在の「育英中学校」「育英高等学校」として新たにスタートしたという歴史を持ちます。

育英高等学校の2017年(平成29年)時点での甲子園出場回数は、春に行なわれる選抜高等学校野球大会が13回、夏に行なわれる全国高等学校野球選手権が6回で、兵庫県を代表する強豪校のひとつ。

これまで春の選抜高校野球大会での優勝経験はありませんが、夏の全国高等学校野球選手権では1回の優勝経験と1回の準優勝の経験があります。

初めて出場を果たした1935年(昭和10年)から2017年(平成29年)までの「春の選抜」「夏の甲子園」それぞれの出場実績は、以下の通りです。

春の選抜

  • 1935年(昭和10年)第12回大会…2回戦敗退
  • 1936年(昭和11年)第13回大会…準決勝敗退
  • 1953年(昭和28年)第25回大会…2回戦敗退
  • 1957年(昭和32年)第29回大会…2回戦敗退
  • 1960年(昭和35年)第32回大会…2回戦敗退
  • 1965年(昭和40年)第37回大会…2回戦敗退
  • 1966年(昭和41年)第38回大会…準決勝敗退
  • 1977年(昭和52年)第49回大会…2回戦敗退
  • 1992年(平成4年)第64回大会…準々決勝敗退
  • 1995年(平成7年)第67回大会…2回戦敗退
  • 1997年(平成9年)第69回大会…準々決勝敗退
  • 2000年(平成12年)第72回大会…1回戦敗退
  • 2005年(平成17年)第77回大会…1回戦敗退

夏の甲子園

  • 1935年(昭和10年)第21回大会…決勝戦敗退
  • 1936年(昭和11年)第22回大会…準決勝敗退
  • 1957年(昭和32年)第39回大会…2回戦敗退
  • 1990年(平成2年)第72回大会…2回戦敗退
  • 1993年(平成5年)第75回大会…優勝
  • 2000年(平成12年)第82回大会…準決勝敗退

育英高等学校野球部が創部されたのは、まだ改名する前の「育英商業学校」時代である1915年(大正4年)まで遡ります。

2015年(平成27年)には創部100周年を迎え、神戸市須磨区に位置する「ほっともっとフィールド神戸」にて、同じ神戸地区内でともに切磋琢磨する滝川高等学校・滝川第二高等学校との記念試合を開催し、100周年の大きな節目を祝いました。

兵庫大会出場校の中でも特に長い歴史と経験を持つ育英高等学校。2005年(平成17年)の第77回大会以来、甲子園出場の記録は止まっていますが、古豪の育英高等学校が再び甲子園の土を踏むのを多くのファンが待ち望んでいます。

【施設情報】

有名野球選手も多く輩出する「東洋大学付属姫路高等学校」

有名野球選手も多く輩出する東洋大学付属姫路高等学校の野球部

1963年(昭和38年)に東洋大学の付属高校として開校した学校です。校舎はJR「姫路駅」より神姫バスにて約25分の場所に位置します。

近隣には、阪神甲子園球場とほぼ同じ広さの専用グラウンドも所有。時間帯による太陽の角度も阪神甲子園球場と一致し、野球部員たちの夢の舞台と同じ条件で練習することが可能です。

東洋大学付属姫路高等学校の2017年(平成29年)時点での甲子園出場回数は、春に行なわれる選抜高等学校野球大会が7回、夏に行なわれる全国高等学校野球選手権が12回。これまで春の選抜高校野球大会での優勝経験はありませんが、夏の全国高等学校野球選手権では1回、優勝を経験しました。

初出場の1969年(昭和44年)から2017年(平成29年)までの「春の選抜」「夏の甲子園」それぞれの出場実績は以下の通りです。

春の選抜

  • 1976年(昭和51年)第48回大会…準決勝敗退
  • 1979年(昭和54年)第51回大会…準決勝敗退
  • 1985年(昭和60年)第57回大会…1回戦敗退
  • 1988年(昭和63年)第60回大会…2回戦敗退
  • 2000年(平成12年)第72回大会…2回戦敗退
  • 2003年(平成15年)第75回大会…準決勝敗退
  • 2008年(平成20年)第80回大会…準決勝敗退

夏の甲子園

  • 1969年(昭和44年)第51回大会…1回戦敗退
  • 1972年(昭和47年)第54回大会…2回戦敗退
  • 1973年(昭和48年)第55回大会…2回戦敗退
  • 1974年(昭和49年)第56回大会…3回戦敗退
  • 1977年(昭和52年)第59回大会…優勝
  • 1982年(昭和57年)第64回大会…準決勝敗退
  • 1985年(昭和60年)第67回大会…3回戦敗退
  • 1986年(昭和61年)第68回大会…準々決勝敗退
  • 1998年(平成10年)第80回大会…1回戦敗退
  • 2001年(平成13年)第83回大会…3回戦敗退
  • 2006年(平成18年)第88回大会…準々決勝敗退
  • 2011年(平成23年)第93回大会…準々決勝敗退

東洋大学付属姫路高等学校の野球部は、その長い歴史の中で、元阪神タイガースの山川猛氏や元オリックス・ブルーウェーブの弓岡敬二郎氏、元ヤクルトスワローズの宮本賢治氏、2017年(平成29年)現在、読売ジャイアンツに所属する乾真大選手をはじめとする、多くのプロ野球選手を輩出してきた名門校。

過去の実績を見ると、甲子園出場の回数から兵庫大会での力量はもちろん、ベスト4ベスト8などの結果を多く残していることが分かります。

学校には、野球部が合宿することもできるクラブハウスや、雨天でもピッチング練習を行なえる雨天ブルペンや雨天練習場、冬場の練習前に身体を温めるためのビニールハウスなど、野球部員たちの練習環境が整っているのが特徴です。

【施設情報】

着実に力を付けている「神戸国際大学付属高等学校」

着実に力を付けている神戸国際大学付属高等学校の野球部

1963年(昭和38年)に創立したクリスチャン・スクール。日本聖公会に所属し、同じ系列には立教学院や桃山学院、神戸松蔭女子学院、プール学院などがあります。

創立時には全日制普通科の男子校として「八代学院高等学校」という名称でしたが、その後1968年(昭和43年)に「八代学院大学」が併設され、大学が「神戸国際大学」へと改名したことに伴って、1992年(平成4年)に現在の「神戸国際大学付属高等学校」へと名称を変更しました。

校舎は神戸市須磨区に位置し、通学には神戸市営地下鉄「学園都市駅」JR「舞子駅」・「垂水駅」、山陽電車「舞子公園駅」垂水駅」などの駅からバスを利用します。

神戸国際大学付属高等学校の2017年(平成29年)時点での甲子園出場回数は、春に行なわれる選抜高等学校野球大会が4回、夏に行なわれる全国高等学校野球選手権が2回です。春の選抜・夏の甲子園など全国大会試合での優勝経験はありません。

初出場の2001年(平成13年)から2017年(平成29年)までの「春の選抜」「夏の甲子園」それぞれの出場実績は以下の通りです。

春の選抜

  • 2001年(平成13年)第73回大会…2回戦敗退
  • 2005年(平成17年)第77回大会…準決勝敗退
  • 2010年(平成22年)第82回大会…1回戦敗退
  • 2017年(平成29年)第89回大会…1回戦敗退

夏の甲子園

  • 2014年(平成26年)第96回大会…1回戦敗退
  • 2017年(平成29年)第99回大会…3回戦敗退

神戸国際大学付属高等学校の野球部が初めて阪神甲子園球場のグラウンドへ降り立ったのは、2001年(平成13年)。

甲子園への出場経験回数は少ないとは言え、初出場以降は期間を空けずに出場を決めていることや、2017年(平成29年)に行なわれた兵庫大会では2回目の優勝を果たしたこと、2014年(平成26年)の春の選抜をかけた秋季兵庫県高校野球大会では強豪校、報徳学園高等学校の壁を破り見事優勝を手にしたことなどを考えると、確実に実力を付けている学校だと言えます

3年振りの優勝となった2017年(平成29年)の第99回全国高等学校野球選手権の兵庫大会では、激戦区と言われる兵庫県で尼崎西高等学校や関西学院高等部、報徳学園高等学校、松陽高等学校などを相手に圧倒的な強さを見せ、決勝戦では明石商業高等学校を相手に4対0で堂々の勝利となりました。

野球部は神戸国際大学付属高等学校の強化指定クラブでもあり、創部以来培ってきた力が今後発揮されると予想されます。

【施設情報】

練習環境が充実している「神戸弘陵学園高等学校」

練習環境が充実している神戸弘陵学園高等学校の野球部

1983年(昭和58年)に創立した高等学校です。男子校として創立されましたが、2013年(平成25年)に創立30周年を迎えた翌年、男女共学校となり、ますます活気が出てきました。
校舎は神戸電鉄「北鈴蘭台」駅から約15分の場所に位置します。

神戸弘陵学園高等学校の2017年(平成29年)時点での甲子園出場回数は、春に行なわれる選抜高等学校野球大会が4回、夏に行なわれる全国高等学校野球選手権が1回。春の選抜、夏の甲子園など全国大会試合での優勝経験はありません。

初出場の1989年(平成元年)から2017年(平成29年)までの「春の選抜」「夏の甲子園」それぞれの出場実績は以下の通りです。

春の選抜

  • 1990年(平成2年)第62回大会…1回戦敗退
  • 1991年(平成3年)第63回大会…1回戦敗退
  • 1994年(平成6年)第66回大会…準々決勝敗退
  • 1999年(平成11年)第71回大会…1回戦敗退

夏の甲子園

  • 1989年(平成元年)第71回大会…3回戦敗退

神戸弘陵学園高等学校の野球部は、学園の創立と同じく1983年(昭和58年)に創部しました。

野球部出身者の中には、2017年(平成29年)現在、中日ドラゴンズに所属する山川大介選手を始め、阪神タイガース、読売ジャイアンツ、埼玉西武ライオンズ、中日ドラゴンズなどにドラフトで指名された選手も多く、現役野球部員たちのOBとして活躍しています。

神戸弘陵学園高等学校は、本格的な野球専用グラウンドがあるのも特徴です。5面のピッチャーマウンドに加え、夜間練習のためのライトや、バッティング練習・トレーニングのためのゲージ、サブグラウンドなど練習環境も充実。さらに、2階建てのトレーニングルームもあり、ウェイトトレーニングなどスポーツ施設さながらの専用機器も揃っています。

甲子園への出場回数は少ないものの、兵庫大会では2007年(平成19年)には準決勝戦、2008年(平成20年)には決勝戦、2009年(平成21年)には準々決勝戦に進出するなど良い成績を収めてきました。

また、秋季兵庫県高校野球大会でも準決勝や代表決定戦への進出実績があることからも、兵庫大会での強豪としての実力をうかがい知ることができる学校です。

【施設情報】

トップアスリートの卵が集まる「神港学園高等学校」

トップアスリートの卵が集まる神港学園高等学校の野球部

1925年(大正14年)に「私立神港中学」として創立したのが神港学園高等学校の始まりです。その後、1933年(昭和8年)に旧神戸女学院高等女学校跡の校舎へ移転したのち1948年(昭和23年)に学制改革によって「兵庫県神港高等学校」へと改編。

さらに創立60周年を迎えた1984年(昭和59年)に記念式典を行なうとともに「神港学園神港高等学校」へと改名し、現在の「神港学園高等学校」へと名称を改めたのは2017年(平成29年)のことです。

校舎はJR「元町駅」阪神「元町駅」から徒歩約10分、阪急「神戸三宮駅」より徒歩約15分、市営地下鉄「県庁駅前」より徒歩5分とアクセスしやすい好立地にあります。

神港学園高等学校の2017年(平成29年)時点での甲子園出場回数は、春に行なわれる選抜高等学校野球大会が5回、夏に行なわれる全国高等学校野球選手権が3回

春の選抜、夏の甲子園など全国大会試合での優勝経験はありません。

初出場の1984年(昭和59年)から2017年(平成29年)までの「春の選抜」「夏の甲子園」それぞれの出場実績は以下の通りです。

春の選抜

  • 1984(昭和59年)第56回大会…2回戦敗退
  • 1988(昭和63年)第60回大会…2回戦敗退
  • 1995(平成7年)第67回大会…準々決勝敗退
  • 2006(平成18年)第78回大会…準々決勝敗退
  • 2010(平成22年)第82回大会…2回戦敗退

夏の甲子園

  • 1992(平成4年)第74回大会…3回戦敗退
  • 1996(平成8年)第78回大会…1回戦敗退
  • 2003(平成15年)第85回大会…1回戦敗退

神港学園高等学校の野球部は、秋季兵庫県高校野球大会でも好成績を多数残してきました。2015年(平成27年)には惜しくも報徳学園高等学校に敗れてしまいましたが、準決勝選に進み健闘。2016年(平成28年)にも準決勝戦に進み、熱い戦いを繰り広げました。

また、神戸高速鉄道「大池駅」から2km程の神戸市北区大池には、専用野球場や総合グラウンド、合宿所もあり、野球部員が伸び伸びと練習に励むことができます。

さらに、神港学園高等学校にはスポーツを専門的に学ぶ「トップアスリートコース」があるのも特色のひとつ。高校3年間の運動部での活動やスポーツ活動の継続参加が条件のため、運動能力の高い学生が集まるのも頷けます。

【施設情報】

※この記事は、2018年4月時点の情報に基づいて作成されています。

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